ゲンロンという会社を立ち上げた哲学家、東浩紀さんの「起業奮闘記」的な本です。
ゲンロンは新しい知的空間を目指して、出版事業、スペース運営(ゲンロンカフェ)、動画配信などを行っています。
東さんが会社の設立時に代表として描いていた夢。
そこからの失敗談のオンパレードと反省が正直に書かれているドキュメントです。
起業に興味がある人はぜひ読んでおくべき本ですね。
「起業」という言葉には、詐欺的なセミナーが成立するくらい甘美な誘惑があります。
甘い夢にうなされている人にカウンターパンチをくらわすには、ちょうど良い本だと思います(笑)
そんな中でも、わたしが共感したのは東さんが見たインターネットの希望と絶望についてです。
インターネットの絶望
ゲンロンは、ネットの力を信じることで始められたプロジェクトです。 けれども、起業したあとは、 ネットの力はどんど 信じられなくなっていった。 その狭間で苦闘し て きた10年でし た。本書より引用
2000年代は無邪気にネットの夢が語られた時代でした。
「WEB2.0」という言葉(思想)が持てはやされ、個人と個人が直接つながることで、政治や経済にも新しい潮流が生まれれるのではないか。
そんな素朴な夢がありました。
ところが今となって、そんな夢も雲散霧消。
わたしたちは、SNSのUXやアルゴリズムがもたらす欲望の喚起システムに基づいて、日夜発信を行うようになりました。
そこには深刻な分断があり、世界を殺伐としたものにしたのではないか?
そんな問題意識が本書の中で語られています。
これはわたしも大いに共感するところでした。
SNSやYouTubeが特にビジネス的な利用価値があると認められたことで、そこに参加する人々は如何にフォロワーやチャンネル登録者数、リツイートや再生回数を伸ばすかに苦心することになります。
するとごく自然にプラットフォームのアルゴリズムにコンテンツを最適化することになる。
そしてアルゴリズムは何に規定されるかというと、それは紛れもなく市場原理ですよね。
プラットフォーム側が広告収入で成り立っている限り、広告を活性化してくれるコンテンツを優遇するアルゴリズムにせざるを得ません。
テレビが視聴率を稼ごうとして、決して見る側にとって快適ではないコンテンツを提供するのといっしょです。
同じ力学が今の大手プラットフォームは確実に存在しています。
それはかつてインターネット夢を見た時代にわたしたちが嫌悪したマスメディアの衆愚性が、今やSNSを侵略してきたということです。
だからあの時、夢を見た人たちは今のSNSから離れざるを得ない。
ところがどっこい、じゃあ今はどこでどのような夢を見た良いのだろう?
新しいインターネットの希望を描く
メインストリームとなったSNSのカウンターとしてオンラインサロンが持てはされています。
ところがサロンはサロンで「信者ビジネス」だとか、中身のないコンテンツを忠誠心を利用して売ってしまう問題が指摘されています。
そこでゲンロンは信者ではなく「観客」を育てるプラットフォームを目指しているそう。
ゲンロンが新しく立ち上げた動画プラットフォームに「シラス」があります。
シラスはサブスクで見放題になるプランに合わせて、それぞれの動画を単品で購入できるそうです。
これにより、信者を囲ってマネタイズするのではなく、あくまでコンテンツ目的の一見さんもおおらかに受け入れることができる。
ファンを作り、自分たちを信じさせるのではなく、あくまでコンテンツから学びを得て「批評力」だとか「審美眼」といったものを養ってほしいという考えが反映されたシステムです。
これがゲンロンを描く、新しいインターネットの希望だと思われます。
動画なのも興味深いですね。
わたしは「脱プラットフォーム」する上で、サーバーコスト&製作費の負担が軽いテキストや画像(写真)、あるいは音声が最適だろうと考えていました。
YouTubeがビジネスとして成り立つのはUGCだからです。
コンテンツが自動で世界中から供給されるから、広告でコストをペイできる。
あと動画プラットフォームで世界的に成功を収めているのはNetflixでしょうか。
Netflixもシラスと同じくサブスクですが、コンテンツは外部から広く調達しています。(もちろん自社で作っているモノも多数あるが)
つまり自社でどうにか動画コンテンツを製作して、マネタイズしていく、いわば「動画のオウンドメディア」のような方法が果たして成立するのか?という興味があります。
「動画のWordPress」あるいは「動画のShopify」のような支援ツールが未だに存在していないところを見ると、やはりサーバーコストがボトルネックになり、動画のオウンドメディアは難しいのではないかと想像しています。
サーバーコストが高いというのは、むりやり原宿に飲食店を出店させられるようなもの。
もしそんなシチュエーションだったら、やっぱり誰でも「タピオカミルクティーやった方が良いかな…?」と頭をよぎりますよね(笑)
しかしそもそもタピオカなんて売りたくないわけです。
だったら調布でスペシャルティコーヒーを売りたいのです。
でも今のネット空間で(特に動画で)「調布でスペシャルティコーヒー」というビジネスは果たして成立可能なのか。
もし可能なら、それは個人ブログのような個人動画サイトを生む土壌になると思います。
それは私の価値観からすれば、間違いなく豊かなこと。
その意味で、ぜひゲンロンさんには、シラスを成功させてほしいと思いました。
『ゲンロン戦記』を読んだら『遅いインターネット』もおすすめ
『ゲンロン戦記』ではたびたび批評家の宇野常寛さんが登場します。
宇野さんは今、「遅いインターネット」と題した活動をしています。
それは東さんと同じ問題意識を持ち、さらに近いアプローチで抵抗と解決を試みているように見えます。
『ゲンロン戦記』を読んでおもしろいとおもったら、ぜひ『遅いインターネット』もおすすめします。
また、『ゲンロン戦記』の発売にともって掲載された東さんのインタビューも理解を深めるのに役立つと思いますので、合わせて紹介しておきます。
- 東浩紀「TwitterやYouTubeで『知の観客』をつくることはできない」 いまのネットにある「違和感」の正体 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
- 新著『ゲンロン戦記』が異例のヒット…東浩紀氏に聞く「インターネットの失われた10年間」 | Business Insider Japan
以上『ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる』の紹介と感想でした。
参考になったらうれしいです。